村上春樹「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」の結末について考えてみる

  • 2018.08.23
村上春樹「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」の結末について考えてみる

村上春樹の代表作「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」。文庫だと上下巻の2冊で800ページを超える超大作。

感想文みたいなことを書いてると長くなるので、そういうのは一切割愛して、いまだに話題になる本書のエンディングについて自分なりの考察というか解釈を書いてみる。

盛大にネタバレしているので、未読の人はぜひ本書を読んでください。掛け値なしに面白い本だから。長いけど。

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世界の終りの意味

この本は「現実」と「世界の終り」と作中で呼ばれている主人公の頭の中の世界が並行して進行していく。現実の世界では一人称が「私」になっていて、世界の終りでは「僕」になっている。

「世界の終り」は博士が断片をまとめて作り上げた「第2の自分の頭の中の世界」。第1の世界はシャッフリングを習得する際に作られた「変化しないように固定された深層心理」。

通常シャッフリングでは第1の世界に意識を切り替えて暗号化を行うわけだけど、博士が仕掛けた手法によって第2の方の世界でシャッフリングをするようになっていた。

これを本書に村上自身が絵で説明しているのでもらってこよう(下巻)。

通常はこうなっているのだが(1が表層意識)、

のっぴきならない状態になっている「今」はこうなってる。「3」が「世界の終り」だ。

終盤で問題になるのは、「3」の「世界の終り」に対するジャンクションを戻すことができなくなり、このままではINPUT2、次にINPUT1のジャンクションを焼き切ってしまうこと。

焼き切られるとどうなるのか。表層意識というか「私」の意識そのものが「世界の終り」と同化してしまう。今の「私」の意識は消滅するかどこかに追いやられてしまうことになる。

ここまで準備段階で、いよいよラストにおいて「世界の終り」の「影」はこの世界を抜けることにし、「僕」はとどまる決心をする。

そして「私」は車の中で眠りにつく。

本書はそこで終わる。「え?結局どういうこと?」という余韻を残して終わるわけ。

結局「私」の心はそのまま?それともやっぱり「世界の終り」に支配されたの?

それは読者の判断に任せます的な終り方をする。映画「インセプション」で、最後コマが回り続けたまま終わるけど、あれが回り続けるのか、倒れるのか、その判断は見た人に任せますというエンディングとよく似てる。

で、自分はこう解釈した

村上春樹の世界では「メタファー」が非常に重要になる。隠喩のことだね。

村上ワールドでは井戸がよく出てくるけど、あれもメタファーとして使われてる。

本作では「影」がメタファーの一つになってる。これは「私」の心を指してる。

だから、本来INPUT2からINPUT3へジャンクションを切り替える時、人間と影を切り離さないといけない。INPUT2(イコールほぼINPUT1)の心を置いていかないとINPUT3の「世界の終り」には入れないことになってるからだ。

影を切り離すことで、ジャンクション2がINPUT3に接続され、「世界の終り」につながる。よって、「世界の終り」でシャッフリングができるようになる。

通常ならシャッフリングを終えた後「僕」と「影」をくっつけて、INPUT2にジャンクション2を戻し、次にジャンクション1をINPUT1に接続することで通常の心理状態に戻せる。

ところが「僕」が自我を持ち始めて、INPUT2へ帰ることを拒否してしまうんですな。

でも影はINPUT2へ帰っていった。

物語はここで終わる。この時点での「私」の頭の中はこうなってる。
INPUT1(現実世界):眠りについた。
INPUT2(コア):「私」の心がここにある(影が戻ってきたから)。
INPUT3(世界の終り):心を捨てた「僕」がいる。

本来あるべき姿はこう。
INPUT1:「私」の正常状態
INPUT2:「僕」と「影」がくっついている
INPUT3:世界の終り

終盤で問題になっている「ジャンクションが焼き切れる」とは、「世界の終り」で「影」が死に、「僕」が心を失った状態で生き続ける状態を指す。「世界の終り」が安定して存続し、「私」の表層意識を乗っ取ってしまうわけ。

その最悪の自体は避けられてる。しかし、太った娘が「将来博士が治療法を見つけてくれるかもしれない」と一縷の望みを言うけど、それには「世界の終り」にいる「僕」をINPUT2に引き戻さないといけない。

ジャンクションが焼き切れるという最悪の事態は避けられたので、可能性が消滅したわけではない。

それまではゆっくり眠りましょという終り方。と解釈した。

ちなみにこういう解釈もあり?

この小説、登場人物に誰一人として固有名詞が割り当てられてないんだよね。「私」「僕」「図書館の女の子」「太った娘」などなど。

そもそもとして村上の小説って名前はあまり重視されていなくて、たいてい主人公は「ワタナベ」だったり、「ワタナベトオル」だったりする。

本作では一歩突っ込んでそもそも名前が割り当てられてないので、「このINPUT1〜3も実は深層心理ではないのか?」と考えることもできる。

つまり、いわばINPUT0の本当の現実世界の自分がいて、INPUT1から3まですべてが頭の中の世界という構造。

だったらなんだと言われても困るけど、「村上がそういう仕掛けをした?」と考えてみるのも楽しいかなと。

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