優秀なジャーナリストが育たない?論理の順番が違う

現代ビジネスに掲載された、この記事がいろいろ議論をおこしているようです。

新聞部数が一年で222万部減…ついに「本当の危機」がやってきた

自分はスマニューで読んだけど、その後BBS系で議論が活発になっているのを見た。

この記事は紙の新聞の部数が激減しているという紹介から始まるけど、趣旨としては「優秀なジャーナリストが育たない。ジャーナリズムが消える」という結論になってる。

BBSの議論とか見ていても、紙の新聞の発行部数の減少がどうこうより、真のジャーナリストなんて存在してるか?みたいな、そちらへの批判が多い。

自分も紙の新聞はもう20年近く取ってない。たまに気が向いて日経の電子版を契約することはあるけど、費用対効果が感じられなくてすぐに解約してしまうということの繰り返し。

で、だ。

言いたいことは、「新聞の発行部数が維持もしくは上昇すれば優秀なジャーナリストは増えるのか?」ということだ。

順番が逆でしょう。

市場が大きいから、成長しているから、優秀な人材が育つ、集まるというのはどこの業界でもある。

しかし、市場が育つというのはそれだけ魅力的なコンテンツがそこにあるから消費者が集まるわけで、決して優秀なコンテンツクリエイターを育てるためではない。

いいジャーナリストがいい記事を書く
     ↓
読者が集まる
     ↓
いいジャーナリストが増える

という順番であって、「読者が集まる」がスタートではない。

音楽業界を考えてみよう。

以前のレコード、今ならCDという物理媒体が売れなくなって久しいが、これをもってして「優秀なアーティストが育たなくなる」のだろうか。

同じことをこの記事では言ってる。

そうじゃないでしょう。

魅力的なアーティストが魅力的な曲やライブを披露し、そこへファンが集まり、CDや音源(ストリーミング系)が売れ、市場が大きくなり、販促にお金を費やすことができ、結果として新しい優秀なアーティストが育ったり、出てきたりする。

「優秀なアーティストを育てるために、CDを買いましょう」と言われても、「はぁ?」となるよね。

ジャーナリストの死とか嘆く前に、読者が欲している品質と内容のものを新聞は提供しているのか。そこを真剣に考える時期なのであって、読者に「誰が、どうやって日本のジャーナリズムを守るのか。そろそろ国民が真剣に考えるタイミングではないだろうか。」と問いかけるのは勘違いも甚だしい。

その前に読者が読みたい記事を書けと言いたい。

魅力的なコンテンツが提供できない業界は衰退していく運命なのですよ。

逆に言えば、魅力的なコンテンツが提供されている限り、消費者は喜んでお金を出す。

旧態然としている新聞業界がその努力をしているようには到底見えない。

同じような業界に書籍市場があり、ここも「本が売れない」と言われて久しい。

2017年版のデータだけど、こんな発表がある。

2017年の出版市場発表
紙+電子で4.2%減の1兆5,916億円、紙は6.9%減、電子は16.0%増

全体としては緩やかな右肩下がりだけど、電子版は順調に伸びてる。電子書籍はここ10年でおそらく業界は必死に努力してきたはずだ。

卸がなくなるから、その業者を殺していいのかという葛藤、10年前は乱立していた電子書籍の規格の統一、著者への報酬の分配方法、電子書籍への書き起こしの方法などなど、課題や作業は山積みだったはず。

それがようやく実りつつあるという印象を受ける。

音楽もそうだよね。10年前の電子データは規格がばらばらで、ソニーミュージックの電子データはソニーのアプリでしか聞くことができないなんてことはざらだった。

それが業界全体として取り組んできたおかげで、サービサーはどこかということを別にすれば(Googleなのか、Appleなのか、Spotifyなのか等)、どの端末でも聞くことができるようになってる。

そういう努力を新聞業界はしてきたのか?その上で「ジャーナリストが育たない」と言ってるのか?

海外の新聞では「誰が書いたか」というジャーナリストの名前が記事に掲載されることが多いけど、日本の新聞ではそういう慣習はないよね。

だから、「この人の記事が読みたい」という意識がそもそも読者にはない。匿名になっているシステムにおいて、ジャーナリズムが死ぬなんて言われても読者には実感は湧かない。「そうですか」、以上って感じ。

ジャーナリストという意味では先日オウムを追いかけた森達也氏が「A3」という本(および電子書籍)を無料公開した。

『A3』無料公開にあたって

自分も今読み始めたところだけど、今の段階での率直な感想は「こういう論調のオウム本を読みたかった」というもの。

サリン事件があった時代、当時の新聞やテレビといったマスコミはオウムや麻原彰晃を絶対悪としていた。

それ以外の視点は世論が認めないという風潮があったのは確かだけど、「オウムの信者全員がテロリストなのか?」「なぜあぁいう事件が起こったのか」というところに切り込む人、マスコミはいなかった。

この本はそこに切り込んでいる。ちゃんと自分の足でオウムの信者、関係者、当時を知るマスコミ関係者を訪問し、インタビューし、事実を元に論調を展開している。

この本を通して受けたオウム真理教信者への印象は著者とまったく同じだ。そして読む前から想像していた通りだった。

こういうのを本当のジャーナリスト、ジャーナリズムって言うよなぁと思いながら読んでる。そこへ冒頭の記事が出てきたので「ちゃんちゃらおかしいわ」と思ったわけ。

A3を読みながらオーバーラップするのがイスラム教信者への印象。卑劣な無差別テロ事件が起きると「だからイスラム教は怖い」といった、イスラム教全体への批判が起こるけどテロを起こしているのは一部の過激派であって、大多数のイスラム教信者は礼儀正しく、人に優しい人たちだ。

こういう「世論」「集団心理」というのは怖いと思うし、それに流されたり、巻き込まれたりしたくないと思う。

たとえ99%の世論が「これは悪だ」となっても、自分は自分の頭で考えて結論を出すような生き方をしたい。

そのために森氏のような本物のジャーナリストが必要なんです。

新聞を買えば、そういう真のジャーナリストが出てくるのだろうか。自分はとてもそうは思えない。